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お墓参りと誕生日

じわじわ、じわじわと、蝉の声が陽炎の立ち昇るアスファルトに響く。
足元から立ち昇ってくる熱に、じっとりと汗が滲んだ。
慣れない洋服の襟で首元のそれを拭いながら、小狐丸は目の前の墓石に手を合わせる海尋を見やった。

今日は、海尋の家族の命日だ。
小狐丸の主たる彼は、毎年こうして休暇を取って現世へと墓参りに来ている。
審神者になったすぐは一人で勝手に現世を訪れていたそうだが、流石に自覚が足りないと皆に怒られたらしい。
せめて近侍としてひとりは誰かを伴うようになったのだが、その近侍に小狐丸は何度か選ばれていた。

初めて選ばれた時の理由は簡単だ、あの本丸の中で人の身を得てから誰かを亡くしたことのあるのは、小狐丸だけだったからだ。
お前なら少しは分かってくれるだろう、と言って、墓地の入り口に小狐丸を待たせて一人行ってしまった海尋の背を今も覚えている、そして、それを追えなかったことも。
けれど今はこうして、手を合わせる彼の隣にいる事を許されている、その幸福感が改めてじわりと胸に広がるのを感じた。

海尋はずいぶんと前から瞳を閉じて手を合わせたまま、彼の姓と同じ名を刻んだ墓石に頭を垂れている。
容赦のない真昼の日差しは人を家の中へと閉じ込めるのか、墓地に他の人の姿は無い。
生温い、むしろ熱風と言っても良いだろう風が、線香の紫煙をゆらゆらと揺らしてゆく。
蝉の声に混じって、遠く向こうに踏み切りの音が聞こえた。

まるで宗教画のような光景だ、夏の日差しの所為ではない熱が、とくりと心臓をさざめかせる。
思わずほうと息をついていると、ようやく黒曜の瞳を開いた海尋が、ゆっくりと顔を上げた。
その拍子に流れた汗が、高い位置で髪を結っている所為で露わになっている首をつうと伝っていく。
緩く着崩されたTシャツの中まで滑り降りていくそれに、先程とは違う理由で胸がとくりとなって、小狐丸は慌てて目を逸らした。


「待たせた、暑いのに付き合わせて悪いなー」

「いえ、……ぬしさまのお側に居られる事が、この小狐の喜びゆえ」


何とか誤魔化して答えながら、鞄を探って麦茶のペットボトルを海尋に手渡す。
ありがとな、と受け取って、海尋はキャップを回すと飲み口を咥えてくっとそれを煽った。
こくり、こくり、と喉が上下する光景に、思わず再び視線が縫い止められる。
ぷはー、とわざとらしく爽快な息を吐きながら海尋が顔を下げて、不意にばちりと視線が合った。


「………見過ぎ」

「も、申し訳ございませぬ……」

「ま、別に良いけどさ」


軽く肩をすくめた海尋が、再び名残惜しげに墓石の方をちらりと見やる。
墓石を眺める海尋の横顔は、本丸にいる時の――審神者としてのそれとは、少しだけ異なっていた。
無防備な、ただの人の子としてのその顔に、またしくりと愛しさが募る。


「もう、よろしいのですか」

「ああ、俺も熱中症で倒れたくはないしなー
 ……まったく、年々報告したい事が多くなって困る」


ふ、と僅かに瞳を伏せながら、海尋が微笑む。
ああ、こうして、この場所で笑みを見せてくれるようになったのは、いつからだっただろうか。
それがどうしようもなく恋しくて、愛おしくて、思わずその身体を抱きしめた。
触れあったふたりぶんの体温が、熱い。
くしゃりとうなじを撫でながら、どこか甘い芳香のする首もとに頬を擦り寄せた。


「……ならば、もっともっと沢山、報告したい事を増やして行きましょう
 いつか再び父君とまみえた時に、楽しい話を沢山できるように」

「………困るって言ったのになぁ
 ま、……それも悪くない、か」


ふふ、と密やかに笑って、海尋もまた小狐丸の背に腕を回す。
ひとしきり熱を分け合って、いよいよ暑くなってきたのかふたりがようやくその身を離す。
先程よりも一層汗だくになった互いの姿に、へらりとだらしなく笑い合った。

今度こそ帰り道へと視線を向けて、海尋がブリキのバケツに入ったままの水をアスファルトに蒔く。
小狐丸も線香やライターを鞄の中に仕舞いながら、海尋に視線を向けた。


「丁度良いことに、明日はぬしさまの誕生日で御座いますゆえ
 皆も張り切っておりました、また楽しいことを重ねましょう」

「ん、楽しみにしてるよ
 ……ああ、それとも、今晩から楽しみにしておいた方が良いのか?」


にやり、と少しだけ艶っぽく笑った海尋に、小狐丸がぼっと顔を赤面させる。
思わず取り落としたライターを慌てて拾いながら、ぬしさまが望むならば、と消え入りそうな声で答える小狐丸に、海尋は可笑しそうに笑った。
顔を背けたままの小狐丸の手を取って、ぐっと引き寄せる、まだ顔を赤らめたままの小狐丸が、ぎこちなく顔を上げた。


「じゃ、皆が準備できるように、もう少し寄り道して帰ろうか」

「………はい、ぬしさま」


眩い程の笑顔を浮かべる海尋に、小狐丸がつられてようやくまた微笑んだ。
それに満足げな表情をした海尋が、もう一度その手を握って熱を分け合う。
じわじわ、じわじわと響く蝉の声は、青い空へと響いていた。

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