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​年越し準備

「こんなもんかな……っと、よーし!始めてくれ!」


「相分かった!ゆくぞ兄弟!」


「……ああ、兄弟」


「返しは僕に任せてね!」



もち米の潰し具合を見た海尋がそう言うと、山伏国広と山姥切国広がこくりと頷いて杵を振り上げ、臼の隣に構えた堀川国広がぬるま湯で軽く手を濡らした。
ぺたん、ぺたん、と白い不定形の塊に杵が打ち付けられる音が、師走の冷たい風を吹かせる本丸の庭に響く。

ぬおお!と声を上げて力強く山伏国広が杵を振り下ろすと、間髪入れずに山姥切国広が狙い過たず杵を振り下ろし、堀川国広がくるりと器用に餅をひっくり返す。
山姥切国広がいつも被っている布は流石に誰ぞに剥ぎ取られたらしく、細く繊細な金の髪が日の光の下できらきらと揺れていた。
一体どうやってあれを大人しく外させたのだろうか、まあ堀川が上手くやったんだろうとぼんやり考えながら息のあった三人のコンビネーションをしばし眺める。
この分だとすぐにでもつきあがるだろう、海尋は小気味良い音の響く庭を後に、引っ掛けていた雪駄を脱いで部屋へと上がった。






普段は執務室として使われている庭に面した大部屋には一面にレジャーシートが敷かれ、いつもとは異なる体を表している。
折りたたみ式の机の周りに集まった面々がわいわいと賑やかにしている、その中の一人である乱藤四郎が海尋の姿に気づいたのかスカートの裾をひらめかせて駆け寄ってきた。



「主!もう次のお餅つきあがっちゃった?」


「いや、でもすぐに出来上がりそうだから知らせとこうと思って
 さっきの分はもう丸め終わったのか?」


「ばっちし完璧たい!」



にひひ、と笑って博多藤四郎がVサインを作る、彼の言葉通り先程つきあがった餅は既に適度な大きさに丸められていた。
白いだけの餅とは別にまとめられた餅はうっすらと紫がかっている、中に昨日海尋が作った餡子が入っているのだろう。
だがその隣で無邪気に笑う鯰尾藤四郎の姿を認めて、海尋が僅かに顔を強ばらせた。



「……まさかそれ、変な物とか入ってないよな?」


「もーう!主までそういう事言っちゃいます!?」


「………問題ない、ちゃんと見張っている」



神妙な面持ちで頷く骨喰藤四郎になおのこと不安が増す、やっぱり他の奴にも言われたんじゃないか。
嫌いな奴以外には何もしませんよ!と息巻く鯰尾藤四郎に信頼してるぞ、とだけ返して視線を泳がせると、部屋の隅でこちらに背を向けた平野藤四郎と前田藤四郎の姿に気づいた。
いつも姿勢正しい二人が僅かに背を丸めなにやらもそもそとしている、ひょいと覗き込むと揃ってびくりと身体を強ばらせた。
恐る恐る振り返った二人の口元には僅かにもち取り粉がついている、前田藤四郎に至っては未だ口をもごもごと僅かに動かしていた。



「……ははーん、つまみ食いか?」


「もっ、申し訳ございません!こんな、はしたない姿を……!!」


「いけないとは思ったのですが、その、あまりにも美味しそうだったので、つい……」



僅かに頬を染めながら殊勝に眉尻を下げる二人の姿に、思わず口元が緩む。
この短刀たちにべったべたに甘いどこぞの太刀の気持ちがよく分かるな、と思いながら、懐からハンカチを取り出して口元を拭ってやった。



「気にすんなって、どうせいっぱい作るんだし
 他の奴らだってもう結構食べてるんじゃないのか?」


「もっちろん!主も食べる?」



乱藤四郎が海尋の腕に抱きつきながら、持ってきたらしい餡入りの餅を口元に差し出す。
じゃあ、とそれをそのままぱくりと口で受け取ると、ぐいいと延びるそれを一口なんとか噛みちぎってからもそもそと咀嚼し、飲み下して平野藤四郎と前田藤四郎に笑いかけた。



「ほーらこれで俺もおあいこ、主がつまみ食いしてるんだからお前らが気にすることでもないだろ?」


「は……はいっ!」



ようやくほっとした表情を見せた二人を微笑ましく眺めながら、残った餅も受け取ってもそもそと食べてしまう。
餡子は甘めのものと甘さ控えめのものをそれぞれつぶあんとこしあんの四種類を作ったのだがこれはこしあんの甘めのものだろう、手伝ってもらいながら一生懸命裏ごししたお陰で餡子の舌触りも良い。
最後の一口を飲み込んだのを見計らってか、そういえば、と厚藤四郎が声をかけた。



「石切丸たちが探してたぜ、大将、何か頼みごととかしてたんじゃないのか?」


「ん?ああそっか、分かったそっちに行くわ、ありがとな!」



ひらりと餅丸め部隊に手を振ると、海尋は部屋を後にして屋敷の奥へと向かった。






「はい、頼まれていたものはこれで全部かな?」


「助かった!いやーどうにも祈祷の類は苦手でさー」



審神者は仮にも神職の列に属するということで、正月飾りの祈祷は個々で行うことになっている。
だがいかんせん海尋はその類のものを得意とはしていない、そのためこうした神事に関することはよく石切丸に手伝ってもらっていた。
素人に毛が生えた程度の海尋が祈祷を行うよりも、ある意味ベテランの彼に頼んだ方がご利益がありそうな気がする、と思ってのことだ。



「いや、私もこちらの方が慣れているくらいだからね、大したことじゃないよ」


「そうそう!アタシらも手伝ったんだし、楽勝楽勝~!」



石切丸の背からひょいと顔を出した次郎太刀が赤ら顔でからからと笑う、隣の太郎太刀も静かに頷いた。
どうやらもう随分と出来上がっているらしい、海尋が苦笑いを浮かべると太郎太刀が体格の割に細やかな仕草で困ったように小首を傾げた。



「……すみません、止めはしたのですが」


「いいっていいって、餅つきなんてお祭りごとみたいなもんなんだし」


「ほら~主だってこう言ってるじゃないのさ!兄貴は気にしすぎなんだよ!」



そう言って次郎太刀が太郎太刀の背中をばしばしと力いっぱいしばく、僅かに太郎太刀が顔をしかめた。
海尋と石切丸は顔を見合わせてはは、と苦笑いを交わすと、改めて受け取った箱に入った正月飾りへと目をやった。



「えーと……うん、これで全部だな、本当ありがとな!」


「どういたしまして、それでは私たちも、餅つきの方に行ってみるよ」



にこりと笑って石切丸が海尋の側を後にする、太郎太刀も軽く会釈をしてから次郎太刀を引きずってそれに続いた。
よっこいしょ、という掛け声とともに正月飾りの箱を床に下ろす、今度はこれを飾っていかなければいけない。
どこに飾っていくかをメモした紙を懐から取り出して目を走らせる、一般的なものに加え結界を強化するためのものも含まれているため決して量は少なくない。
とにかくとっとと動くしかないだろう、と立ち上がった海尋の腰辺りに、不意にどんと軽い衝撃が与えられた。



「うおっと!……蛍ー、急に抱きつくなよ、びっくりするだろー?」


「へへっ、ごめんね?
 ……それ、お正月飾り?綺麗だね」


「ああ、これから飾っていこうと思って」


「お、何だ?何ならオレたちも手伝ってやるぜ!」



蛍丸に続いて姿を現した愛染国俊、そして鶯丸がひょいと海尋の手元の正月飾りを覗き込む。
政府の手違いで一時期同じ刀派に数えられていたこと、そして本来保護者となるらしい明石国行が海尋の本丸にはまだ顕現していないこともあってか、こうして三人で一緒に行動していることが度々見られる。
元々の刀としての繋がりはそれほどないはずだがこうして見るとまるでおじいちゃんと孫のように見える、外見としてはそんな年齢ではないはずなのだから不思議なものだ。



「おっ、丁度数が多くてめんどくさいなーと思ってたところなんだよー、じゃあ外の分頼めるか?」


「よっしゃ、任しとけ!」


「ほら、鶯丸も」


「うん?分かった、任されよう」



海尋から離れた蛍丸が鶯丸の手を引いて、ちゃっかりと外用の正月飾りの箱を持たせる。
鶯丸も気にすることなくそれを持ち上げると、飾りの配置メモを受け取り駆け出した愛染国俊の背を追った。
急がなくても良いからなー、とその背中に声をかけながら、室内に飾るもののメモに目を落とす。
そしてよっし、と一声気合を入れると、残った箱を持ち上げてくるりと踵を返した。






「…………やっぱ脚立は必要だったか……」



うーん、とめいっぱい腕を伸ばして背伸びをしながら、海尋は僅かに眉を寄せた。
正月飾りは低い位置にするものばかりではない、とはいってもなんとかなるかと思っていたが、どうやら全くなんとかはならなさそうだ。
仕方なく脚立を撮りに行こうと踵を下ろした海尋の手から、ひょいと正月飾りが奪われた。



「ここでいいんですか、あるじさま?」


「今剣!岩融!ありがとなー、そこでオッケーだ!」



海尋から正月飾りを奪ったのは、岩融に肩車をされた今剣だった。
今剣に向けてぐっと親指を立てると、いわとおし!と今剣が声をかけて岩融が僅かに屈んだ、どうやら彼ほどの身長があっては逆に位置が高すぎるらしい。
今剣がくるりと結びつけて正月飾りを固定させる、それが終わるのを見計らって岩融がまた体制を元に戻した。



「ほかのばしょもあったら、ぼくたちがてつだいますよ!」


「ああ、……あー、でも何か審神者が手ずからやんなきゃいけない奴もあるらしいし、やっぱ脚立は持ってこないとなー」


「なら、あるじさまをいわとおしがかたぐるまをすれば、もんだいないですね!」


「そうだなぁ、ひとつやってみるとしよう!」


「え、ちょっと待」



そう言って二人でにやりと笑うと今剣がひらりと身軽に飛び降り、すかさず岩融がぐんと屈んで今度は海尋を肩車にした。
おわっ!と声を上げて必死にバランスを保とうと岩融にしがみつく、なんとか体制を保つと、いつもよりも随分と高い視界が広がっていた。



「う、うわー……たっけー………」


「がはははは!相変わらず主は軽いものよ!」


「もっとちゃんとたべないとだめですよ、あるじさま!」



お前に言われたくない、と自分よりも随分小柄な今剣にじとりとした視線を送ってみるものの、今の状態では比べられるのは岩融とであろう。
そもそも海尋も別に少食という訳でもない、それにもっと食べたところで岩融のようには到底なれるはずもない。
ずるいよなあ、と思いながらひとまず降ろしてもらおうと口を開きかけたところ、それどころか岩融は海尋を担いだまま歩き始めた。



「さぁ、次の場所はどこだ?主よ!」


「えっ、ちょっ、まさかこのまま行くつもりか!?絶対どっかぶつけるって!!」


「だいじょうぶですよ!いわとおしをしんじてください!」


「しかも!若干恥ずかしいから!降ろせって!」


「はずかしがるあるじさまもかわいいですよ!」


「どこで覚えたそんな言葉!しかもそういうのは女の子に言う台詞であってだな!」



海尋の言葉をがははと聞き流す岩融となにやら楽しそうな今剣に押し切られ、結局海尋は諦めて岩融に担がれたままで、正月飾りの作業を終えた。






「おい、今日は出陣はしねえのか?」



室内の正月飾りを飾り終え、ようやく二人に開放された海尋がまた庭へと向かおうとしていると同田貫正国がその背に声をかけた。
くるりと振り返るとどうやら一人鍛錬でもしていたらしい同田貫正国が首にかけた手ぬぐいで汗を拭っていた、今日は朝から本丸もお祭りムードだというのに、彼はいつもと変わらない。
頼もしくもあるその姿に軽く肩をすくめてからちらりと部屋の時計に目をやる、一段落ついた頃に一度くらい出撃もできるだろうか。



「そうだな、なら昼過ぎた頃に一度……」


「おいおい、今日一日くらい出なくたって大丈夫じゃねえの?」



そこに横から割って入ったのは、本丸の皆につきあがった餅を配っていた様子の獅子王だった。
皿に盛られた餅をひとつ手に取って同田貫正国の口に押し込む、てめ、と一瞬顔を顰めた同田貫正国だったが、邪気なく笑う獅子王にひとつため息をつくと諦めて大人しく餅をもそもそと食べ始める。
獅子王は海尋を振り返ってばちりと綺麗にウインクを決めると、ぽんとその肩に手を置いた。



「主だって何だかんだでちょっとは疲れてるだろ?無理せず今日は休みにしろって」


「お、おう……でも同田貫は出たいんじゃないのか?」


「あー……まあ、餅つきの日くらい出られなくたって構わねえよ
 その代わり、年明けたらちゃんと暴れさせてもらうぜ?」


「ああ、頼りにしてる、悪いな」



正直な話をすると、これからの後始末のことも考えるとできれば今日の出撃は控えたかった、海尋の力では一度の出撃であってもそれなりに体力と精神力を使う。
それでもまあ彼らに迷惑をかけるほどのことにはならないだろう、と思っていたが、そう言ってくれるのならばできればそれに甘えたいところだ。
もう少し審神者としての力があればちゃんと出撃もできたのにな、と二人にはばれないよう微かに視線を落とす、が、一度はたりと瞼を落とすと、再び何事もなかったかのように顔を上げた。



「あっ、ここに居たんですね主様!そろそろ次のもち米が蒸しあがったみたいですよっ!」



そこにぱたぱたと駆けてきた物吉貞宗がぶんぶんと手を振りながら声をかける、海尋はこれ幸いとそちらに顔を向けると、からりと笑ってすぐ行く!と返した。






「お待たせお待たせー、どんな具合だ?」


「はっ、丁度良い頃合かと」



火の番をしていた蜻蛉切がすっと立ち上がり、釜の蓋を開ける。
もうもうと立ち上る湯気が少しだけ収まってから海尋がその一部をしゃもじで掬ってぱくりと口の中に放り込む、十分柔らかくなったそれは確かに丁度いい頃だろう。



「よし、じゃあそろそろ次の分つくかー、臼の準備ってどうなってるか分かるか?」


「さっき俺がやっといたぞ、入ってた湯捨てとけばいいんだよな?
 ったく、俺は刺すしかできないって言ってんのになあ……」


「おっ、頼りになるなあ御手杵ー!
 ……そういや正三位殿は?さっき見たときはここにいた気がしたんだが」


「……先程次郎太刀殿がこちらに来られ、二人でどこかへ」


「あー………」



どうやら次郎太刀はあのままここへ来たらしい、おおかたどこぞで二人で飲んでいるのだろう。
まあ先程も言ったとおり今日はお祭りのようなものだ、わざわざ駆り出すこともないだろうと苦笑いを浮かべると、多少責任を感じているらしい蜻蛉切の背をぽんと叩いた。



「ま、あいつらはあんなだから仕方ないって
 それより短刀たちが餅つきしたがってたから、次のつくって言ってきてくれるか?」


「了解しました、すぐに」


「焼き芋も良い具合にできちょるきに、ほれも言うとって欲しいぜよ!」



もち米を蒸している火の中にサツマイモを放り込んでいた陸奥守吉行が、ほくほくと湯気を立てる金色の断面をこちらに見せながらからりと笑う。
心得た、と頷いて蜻蛉切が部屋の方に向かう、すかさず代わりに火の番を始めた御手杵に気がきくなー、と軽く声をかけながら蒸し布をまとめて持ち上げ、あちち、と声を漏らしながら冷めないうちにと臼の方へ軽く駆けた。






「えいやっ!」


「えいっ!」



ぺたん、ぺたんと、太刀や打刀と比べるといささか軽い杵の音が庭に響く。
今杵を握っているのは秋田藤四郎と五虎退だ、餅つきはなかなか体力がいるものではあるが、流石に普段から戦場に出ている彼らにとってはさほど苦労するものでもないらしい。
とはいっても力は多少劣る所為かこれまでと比べるとなかなか餅が餅らしくはなってくれない、若干涙目になってきた五虎退を、返し手の後藤藤四郎が励ましていた。



「大丈夫か二人共ー!いつでも変わるからなー!」


「心配ありません!これでも、主君よりは力も、ありますからっ!」


「その通りだろうけどちょっと傷つく!五虎退も大丈夫か!」


「はっ、はいっ!主様も虎くんたちも、応援してくれてますから……!」



五虎退たちの言葉通り……なのかどうかは分からないが、彼の虎たちもごろごろと庭の隅でじゃれあいながら餅つきの様子を眺めている用だ。
だが普段の得物よりも重いはずの杵を持つ姿はどこか頼りない、少しだけはらはらしながら見守っていると、不意に薬研藤四郎が隣へと腰掛けた。



「心配すんなよたーいしょ、あいつらもあんたの刀だろう?」


「うー……でも戦とは勝手が違うからさぁ……」


「心配よりも信頼してやってくれ、その方が励みになる」



そこはいつもと同じだぜ、と笑いながら言う薬研藤四郎に、海尋は軽く肩をすくめる。
彼らの兄弟である薬研藤四郎にそう言われてしまっては仕方ないだろう、海尋が二人共いいぞー!と声を上げると、笑ってこちらを振り返ってくれた。
ぺたん、ぺたんと先程よりも心なしか頼もしくなった音を響かせて二人が杵を振るう、何度か餅をひっくり返していた後藤藤四郎が、こくりと頷いた。



「大将!そろそろ大丈夫なんじゃないか!」


「どれどれ……うん!完璧だ!」



よくやったな、と後藤藤四郎が秋田藤四郎と五虎退の頭をくしゃくしゃと撫でる。
嬉しそうに頬を緩める二人をほわほわとした気持ちで眺めて不意に時計に目をやる、もう間もなく昼時という時間であった。
お餅でお腹がいっぱいになっている者も多いであろうが、やはり簡単なものは作ったほうが良いだろう、僅かに頷くと、海尋はお盆を持ってきていた鳴狐を振り返った。



「悪い、俺そろそろ昼飯作ってくるから、そっちは頼めるか?」


「えぇえぇお任せくだされ!見事まるっと丸めてごらんにいれましょうぞ!」


「…………こっちは、任せて」


「じゃ、俺は主の方を手伝おっかな」



いつの間にか買い出しから帰ってきていた加州清光が軽く屈んで海尋の両肩に手を置き、その顔を覗き込んで小首をかしげた。
おかえり、と海尋が言うとただいま、と嬉しげに答えて加州清光が笑う、どうやら一緒に出ていた大和守安定と長曽祢虎徹も帰ってきていたらしくその後ろに続いている。



「僕たちも手伝うよ、主一人じゃ大変でしょう?」


「助かるよー、まあ皆結構餅食べてるだろうから簡単におむすびと豚汁くらいで良いかって思っててさ
 おむすび作ってくれるとありがたいなーって、……おーいそこの二人も!手が空いてたら手伝ってくれー!」



少し離れた場所にに腰掛けて話をしていた蜂須賀虎徹と浦島虎徹に、海尋がぶんぶんと手を振る。
それに気づいた二人が顔を上げて笑顔を見せる、が、蜂須賀虎徹は隣に並ぶ長曽祢虎徹の姿を認め露骨に顔をしかめてみせた。
だがだからといって断るつもりではないらしい、元気よく駆け寄ってきた浦島虎徹に続いて渋々といった体で蜂須賀虎徹も海尋たちの側へとやって来た。



「分かったよあるじさん!へへっ、長曽祢兄ちゃんも一緒なんだね!」


「何故俺が贋作などと一緒に……」


「そう言ってくれるな蜂須賀よ、それとも主の頼み事を断るつもりか?」


「っ、そんな訳が無いだろう!俺は貴様と一緒なのが嫌だと言っただけだ!」



ふいとそっぽを向いたままで、厨の方へ向かってずかずかと先に歩いてゆく。
やれやれ、と呆れたように息をついた加州清光がその背に駆け寄ってなにやら話しかける、続けて大和守安定もそれに加わった。
どうやらからかいの類の言葉でもかけているらしく彼らの言葉に蜂須賀虎徹が何やら息巻いて言い返している、わいわいとしたそれを眺めて不意に振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた長曽祢虎徹とはたと目があった。
こちらを振り返るとは思っていなかったのだろう、長曽祢虎徹が一瞬目を丸くしたあと困ったように笑う。
海尋も口角を上げたまま軽く肩をすくめると、前をゆく三人の背中を追った。






「じゃあ今日はもう好きなとこで食べるってことで、執務室あたりに集まってたしそこに持ってっといてくれるか?」


「分かった、主は?」


「鍋とかちゃちゃっと洗ってから行くよ、……あ!そこの左文字ー!!」



昼食作りを終えおむすびと豚汁を皿に盛り終えた海尋は、厨の前を通りがかった江雪左文字と小夜左文字の姿を認め声を上げた。
二人が足を止めて海尋に視線をやる、どうやら一緒にいるのは二人だけのようで、あれ、と少しだけ首をかしげた。



「宗三は?一緒じゃなかったのか」


「宗三の兄様なら……さっきへし切長谷部と言い合いになってたから、置いてきたよ……」


「置いてこられたのか……まあいいや、昼飯できたから皆に言ってきてくれないか?
 執務室あたりに置いとくから、今日は好きに食べてくれって」


「ええ……分かりました」



こくり、と緩慢に頷いて、手分けをすることにしたのか二手に分かれて江雪左文字と小夜左文字が姿を消す。
昼食を作るのを手伝った面々も、大皿に乗ったおむすびの山や豚汁の椀を乗せたお盆を手にそれぞれ海尋に声をかけてからわいわいと厨を後にした。

それを見送ってから、調理に使った鍋やまな板をてきぱきと食器洗浄機の中へ放り込んでいく。
一通り調理場を整え、さて皆の所へ、と思いかけた所に不意にがしりと何者かに肩を掴まれた。
慌てる間もなくそのままぐいぐいと引っ張られ、よろめきながら後ろ向きにたたらを踏む。
いよいよ尻餅をつくか、と覚悟をしたが丁度休憩用の長椅子の所まで移動してしまっていたらしい、そのままぽすり、とそこへ座り込む形になった。



「…………急に何するんだよ、歌仙」


「いや、ただ今日はあまり君と話せていなかったからね、少し構ってほしくなっただけだよ」



僕と二人きりは嫌だったかい、と答えの分かりきった問いを投げかけてくる。
海尋がいいや、と少しだけ苦笑いを浮かべながら答えると、歌仙兼定はにこりと笑って海尋の隣へ腰掛けた。
彼の手には先程皆が持っていったはずのおむすびのうちの幾つかと豚汁の椀が二つ乗せられた盆があった、おそらくは途中で幾つかを受け取ってきたのだろう。



「それに君は朝から駆け回りっきりだ、少しは疲れてるんじゃないかと思ってね」



そう言ってはい、と豚汁の椀を手渡す、おむすびは元々一つの皿に盛られているので好きなものを取れ、ということだろう。
言われてみれば、確かに座ってみて初めてわかるじんわりとした足の疲れにゆるゆると襲われている、気づかないうちに多少の疲れが溜まっていたらしい。



「皆の所に戻れば、おおかた君はまたいつものように動き回るつもりだろう?」


「……ま、確かにちょっとは疲れてたかも」



大人しく腰を落ち着けて、おむすびの一つを手に取る。
5人が握っていたこともあってかその形は様々だ、一番形の良くなかったそれを一口かじると中には昆布が入っていた。
どうやら食べるまで中身は分からない仕組みらしい、それほど問題のあるメンバーではなかったから心配はないと思う、が。
歌仙兼定も一番形の良いおむすびを手に取ってもそりと噛み付く、彼の取ったおむすびの中身はどうやら定番の梅干しだったようだ。



「それにしても、この本丸も賑やかになったね」


「ありがたい事になー、去年の餅つきの時とかは、三日月や小狐もまだ来てなかったっけ?」


「そうだね……鶯丸殿や蜻蛉切殿もどうだったかな」


「あーどうだったかな……江雪辺りまでは、来てくれてたと思うんだけど」



たった一年前のことだというのに記憶が定かではない、それほどまでにこの本丸で過ごす日々は目まぐるしくて、とても楽しいものだった。
彼らと出会ったのはそう何年も前という訳ではないのだ、それなのに、もう随分と長いこと一緒にいるように感じられる。
けれど、と不意に思い至る、けれどそうして増えてきた仲間のことを、自分と同じように初めから全て知っているのは、この歌仙兼定ただ一人なのだ、と。



「どうかしたのかい?」



思わずまじまじとその顔を見つめていたことに気づいた歌仙兼定が、きょとりとした目を海尋に向ける。
海尋はいや、と首を振って、照れ隠しのように豚汁の汁をすすった。



「今年も無事歌仙と一緒に年を越せそうで良かったなーって、ちょっと思っただけだよ」


「………そう」



歌仙兼定は僅かに目を細めると、残っていたおむすびを口の中に入れて静かに咀嚼し、飲み込んだ。
箸を取って豚汁を口にする、しばしの沈黙の帳が降りて、歌仙兼定がゆっくりと海尋を振り返った。



「来年も、再来年も、その次も……こうして僕と、僕たちと共に年を越してくれるかい、海尋」



柔らかく口元を緩めたままで、まるで明日のことでも話すかのように告げられた言葉に。
海尋は少しだけその黒曜石色の瞳を丸くして、そしてにやりと笑ってみせた。



「死ぬまでこき使ってやるから、覚悟してろよ?」


「恐悦至極」



顔を見合わせふふ、と笑いあって、海尋と歌仙兼定はまた次のおむすびへと手を伸ばした。

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